今から3000年前、縄文時代後期に伝わった日本の稲作を広く定着させる最大の課題は、水を安定して確保することでした。

稲を育てる水は、田んぼに降る雨だけでは足りません。昔も今も、水田に使われる水のほとんどは、河川水です。日本の川は、流れが急で長さも短い。降った雨を短時間で海に運んでしまいます。先人たちは、水田の水を安定して確保できるように、次の工夫をしてきました。

【水を取る】河川から効率良く水を取るために堰(せき)をつくりました。河川を堰止め水位を上げることで、河川の水量にかかわらず安定して水が取れ、自然の流れを利用して遠い地域へも水を届けることができます。

【水を貯める】地域に降った雨が、すぐに川を通じて海まで流れていかないように、また年間を通じて変動する雨水を貯え、必要な時に必要な量を利用できるように、ため池やダムをつくりました。

【水を創る】水源林として山の木を保全し、水が地下にしみこみ、滞留できるように、山の保水力を高めました。

【水を配る】自然の川から取り入れた水やため池の水を、なるべくゆっくり流れて広い地域に届くよう、人工の河川をつくりました。この川が用水路です。

こうして、稲作は日本全土に広がり、それを支える水路網が国土に張り巡らされました。

この精緻な「水資源制御システム」を守り継承しているのが、全国に約5000ある「土地改良区」という農家の組織です。

「水土里(みどり)ネット」の愛称で呼ばれる全国各地の「土地改良区」は、コメづくりを支える農地や水利施設を守るだけでなく、「水」、「農」、「食」、「環境」の大切さを子どもたちに伝える取り組みなど、豊かな地域資源を次世代に引き継ぐ活動もすすめています。